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多くの人びとの暮らしを包み込んできた築81年の日本家屋。
一部がアンティークギャラリー&ショップとなり、蘇った住まいには、
Tさん夫妻が蒐集した骨董がならび、それぞれのものが過ごした時間が、ゆったりと流れる。



暮らしを織り込む「大きなる骨董」


北鎌倉のしっとりとしたまちなみに馴染む大屋根。
門の前に立つと、茶室の露地を意識してつくったというアプローチが、高崎さん夫妻の選りすぐった骨董が並ぶアンティーク&ギャラリーへと続く。
まさに夫妻が求めていた「骨董が似合う古い家」にふさわしい佇まいだ。

ギャラリーから続く奥座敷。南側の庭に設けた棚にひょうたんが植えられていて、夏には建具の透明んさガラス部分からちょうど見える。


骨董が似合う家を探し始めてしばらく経った頃、奥さんがひと目惚れした1軒の家。
おおらかな外観が気に入ったのはもちろん、二間続きの和室と洋間、という間取りが奥さんの故郷の家とそっくりだったのだ。

しかし、空き家となってから10年以上経っていたため、傷みは激しかった。
それでも、同行していた高棟建設工業代表の高橋正成さんもこの家の持つ魅力を感じ取り、
「この家は残した方がいい」と、後押ししてくれたという。

実は、改修し始めて判明したことがある。
この家は、「関東の駅百選」に選ばれている東京の高尾駅舎を設計した建築家・増田甚蔵の自宅だったのだ。
近隣に住む増田の親類から聞いたところ、土地探しから材木の買い出し、そしてもちろん設計まで、全てを増田自身が手がけたという。
それほどまでに愛情を注がれてつくられた住まい。
損傷の激しさゆえに、調査と設計に1年、施工に10カ月もの歳月を要したが、
「人が手間を惜しまずにつくったものは、その分時間をかければ元のように直るんですよね」と奥さんは納得の面持ちだった。

二間続きの茶の間と座敷。骨董市やインターネットで見つけた調度品が並ぶ。

左上:両面に絵が施された、珍しい屏風。
左下:手間暇かけてつくられた家具は長持ちし、なおかつ飽きない。壊れても修復さえすれば元のように戻るのが手づくりのものの魅力。
右:耐震補強で壁と建具の間にブレースを入れたが、座敷からは全く気にならない仕上げに。


趣はそのままに、居住性を改善



図面が残っていなかったため、調査と設計に先立ち、改修設計を担当したタウンファクトリーの酒井哲さんと太田陽子さんは実測して図面を作成。
そして、費用を明確化するために現状調査をし、損傷図を作成した。
また、構造を現在の建築基準法に合わせるため、高橋さんは構造家・山辺豊彦さん率いる山辺構造設計事務所に相談。
一般的には耐力壁を増やして対処 するところだが、「空間の美しさも考慮した現実的な補強を提案してくれた」と高橋さんは話す。
また、現場監督の大木さんは「解体すると予想外のことも多く大変でしたが、ベテランの大工がうまく対応してくれました」と振り返る。



一方、そのままの雰囲気を残すため、水周り以外は補修に留めました」と酒井さんと太田さん。
そのため改修後、娘さんが「どこを直したの?」と話していたと奥さんが笑う。
それに対し「最高の褒め言葉です」と酒井さん。そして「こうした貴重な建築を残す住まい手がいてよかった」と満足そうに続けた。

古い建物が多い地域に建つため、近所の人から「この家を守ってくれてありがとう」と声を掛けてもらえる、と奥さん。
施主、工務店、建築家、構造家・・多くの理解者によって、昭和5年の竣工当時の記憶を辿るかのように、今年1月には、国の登録文化財として認められた。
当初はギャラリー件週末住宅とする予定だったが、この家がすっかり気に入り移り込んだ夫妻。
日々この家で骨董に囲まれて、ゆったりとした時間を味わっているそうだ。

左上:風情ある生活用の玄関。靴箱はもともとこの家にあったものを生かすため、調査時にすべての建具を実測し図面に起こした。
   陽が美しく差し込む、玄関脇の階段。
左下:廊下の照明スイッチも再生させた。
右上:洋間の照明上部の天井に施されたレリーフ。
右下:机も時を経他からこそ持てる味わい深い色合いに。

骨董の魅力を尋ねると、「骨董はしつらえ方で、住んでいる人の個性を表現できます」と奥さん。
そして、この家の改修を振り返り、「まるで大きな骨董ですね」と家中を愛おしそうに見つめていた。

[チルチンびとNo.67 2011.7月号より ]

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